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釧路地方裁判所 平成8年(わ)33号 判決

本籍

北海道根室市緑町三丁目二一番地

住居

右同所

職業

病院経営 石川正勝

昭和五年七月二二日生

主文

被告人を懲役一年六か月及び罰金三〇〇〇万円に処する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

【犯罪事実】

被告人は、北海道川上郡弟子屈町字跡佐登七六番地において、川湯温泉病院を経営するなどしているものであるが、自己の所得税を免れようと企て、

第一  医療外収入の一部を除外し、架空経費を計上するなどし、かつ、自己の従業員である勤務医小川恵美子が川湯温泉病院の経営者であるかのように装って、小川名義で所得税の確定申告を行うなどの方法により所得を秘匿した上、平成三年分の実際総所得金額が一億二九三七万五一一三円あったにもかかわらず、右所得税の納期限である平成四年三月一六日までに、所轄根室税務署長に対し、所得税確定申告書を提出せず、不正の行為により、平成三年分の所得税額四〇八四万四七〇〇円を免れ、

第二  医療外収入の一部を除外し、架空経費を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、平成四年分の実際総所得金額が七八六〇万四七一八円あったにもかかわらず、平成五年三月一五日、根室市大正町一丁目一番地所在の所轄根室税務署において、根室税務署長に対し、平成四年分の総所得金額が二三三八万一〇七〇円で、これに対する所得税額は、源泉徴収税額を控除すると、一二八〇万〇二五三円の還付を受けることになる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、不正の行為により、平成四年分の正規の所得税額一四八一万一二〇〇円と右申告税額との差額二七六一万一四〇〇円を免れ、

第三  医療外収入の一部を除外し、架空経費を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、平成五年分の実際総所得金額が一億二四八三万八五九七円あったにもかかわらず、平成六年三月一五日、根室市弥栄町一丁目一八番地所在の所轄根室税務署において、根室税務署長に対し、平成五年分の総所得金額が二二五三万八七五三円で、これに対する所得税額は、源泉徴収税額を控除すると、一五一〇万六一七六円の還付を受けることになる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、不正の行為により、平成五年分の正規の所得税額三六〇四万三八〇〇円と右申告税額の差額五一一四万九九〇〇円を免れた。

【証拠】(括弧内の甲乙の数字は、検察官請求証拠の証拠等関係カードにおける番号を示す。)

全部の事実について

一  被告人の公判供述、検察官調書(三通、乙三、四、六)

一  能崎四郎(甲四五)、加藤義人(二通、甲四七、四八)、田嶋茂(甲五二)、猿子匡史(甲五七)の各検察官調書

一  捜査報告書(甲二)

一  調査事績報告書(甲七一)

一  売上金額調査書(甲一)

一  期首商品棚卸高調査書(甲三)

一  仕入金額調査書(甲四)

一  期末商品棚卸高調査書(甲五)

一  租税公課調査書(甲六)

一  水道光熱費調査書(甲八)

一  旅費交通費調査書(甲九)

一  通信費調査書(甲一〇)

一  広告宣伝費調査書(甲一一)

一  接待交際費調査書(甲一二)

一  損害保険料調査書(甲一三)

一  修繕費調査書(甲一四)

一  消耗品費調査書(甲一五)

一  減価償却費調査書(甲一六)

一  法定福利費調査書(甲一七)

一  福利厚生費調査書(甲一八)

一  給料賃金調査書(甲一九)

一  利子割引料調査書(甲二〇)

一  地代家賃調査書(甲二一)

一  貸倒金調査書(甲二二)

一  診療材料費調査書(甲二四)

一  給食材料費調査書(甲二五)

一  外注委託費調査書(甲二六)

一  会議費調査書(甲二七)

一  車両費調査書(甲二八)

一  賃借料調査書(甲二九)

一  事務用品費調査書(甲三一)

一  備消品費調査書(甲三二)

一  税理士報酬調査書(甲三四)

一  図書費調査書(甲三五)

一  研究研修費調査書(甲三六)

一  支払手数料調査書(甲三七)

一  雑損失調査書(甲三八)

一  雑費調査書(甲三九)

一  利子所得調査書(甲四三)

一  給与所得調査書(甲四四)

冒頭の事実について

一  捜査報告書(甲六九)

第一の事実について

一  納谷光浩(甲四六)、小川恵美子(甲五六)の各検察官調書

一  捜査報告書(甲七〇)

一  荷造運賃調査書(甲七)

一  諸会費調査書(甲三〇)

一  弁護士報酬調査書(甲三三)

一  平成三年分の所得税の確定申告書謄本(甲六六)

一  平成三年分の所得税の確定申告書(申告者氏名小川恵美子)(平成八年押第一〇号の1)

第二、第三の各事実について

一  石川正勝確定申告書綴(平成八年押第一〇号の2)

一  雑給調査書(甲二三)

第二の事実について

一  青色申告控除額調査書(甲四〇)

第三の事実について

一  石川伸弥寿の検察官調書(甲五〇)

一  青色申告特別控除額調査書(甲四一)

【法令の適用】

1  罰条

各所為について いずれも所得税法二三八条一項、二項

2  刑種の選択

各罪について 懲役刑及び罰金刑選択

3  併合罪加重 刑法四五条前段

懲役刑について 刑法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い第三の罪の懲役刑に加重)

罰金刑について 刑法四八条二項

4  労役場留置

罰金刑について 刑法一八条

5  刑の執行猶予

懲役刑について 刑法二五条一項

【量刑の事情】

本件は、病院を経営していた被告人が、平成三年分の所得税につき、医療外収入の除外や架空経費の計上を行った上、第三者名義で確定申告を行い、自らは法定の期限までに確定申告を行わなかった無申告ほ脱、並びに、平成四年及び五年分の各所得税につき、医療外収入の除外や架空経費の計上を行った上、自己の所得を過少に申告した過少申告ほ脱の事案である。

被告人は、これらの行為により合計約一億二〇〇〇万円の所得税をほ脱しており、その額は高額である上、平成四年及び五年分の各所得税について還付を受けているため、正規の税額以上の金額をほ脱している。また、ほ脱の手段も、患者から医療報酬とは別に支払われるため、収入として捕捉されにくい入院諸雑費を収入から除外し、架空の人件費を計上するため、実在の人物に対して支払っていない人件費を支払ったかのように装うなど、巧妙な方法がとられており、中でも入院諸雑費の収入除外の手口は、当初は、患者からの入金を預り金として収入ではないかのように装った上、収入除外のために開設した隠し口座に振り替えていたところ、平成五年六月からは、新たに別の隠し口座を開設して、患者から入院諸雑費を直接入金させるようになるなど、次第に巧妙化している。加えて、被告人は、平成四年及び五年には、所得税の還付を受けて、それを資金繰りの原資にしようと考え、一度作成した会計書類をもとにして、還付金が得られるように架空の経費操作を行い、実際に還付金を受け取っており、その金額も決して少ないものではない。被告人は、昭和六二年、病院の当時の事務長が死亡してから、医師らの意見を聞かず独断専行して、病院経営の営利的色彩を強め、自ら従業員に指示するなどして病院からの所得の申告について不正の行為を行ってきており、本件各犯行はその一環として行われたものである。被告人の刑事責任は到底軽視できるものではない。

しかしながら、被告人は、起訴された後、修正申告を行い、ほ脱した所得税について、本税分を納付し、延滞税、重加算税なども納付する予定であり、本件犯行の背景には、へき地にある病院において、必要数の医師、看護婦等の資格者を確保するため、高額の報酬や支度金などが必要であったことなど、地域医療の経営の難しさがあることも否定できない。また、被告人は、逮捕後本件犯行を認め、公判においては川湯温泉病院が法人化されたこともあり、その経営から距離を置くことを表明するなど、反省の態度を示しており、被告人は、その経営姿勢に問題があったとはいえ、病院を経営することによって、地域の老人医療に一〇年余り貢献してきたとみられる上、病院療養中の被告人の妻が出廷し、被告人の監督を申し出ているなど、被告人にとって有利な事情もある。

そこで、これらの事情を総合して、被告人を主文の刑に処し、その懲役刑の執行を猶予するのが相当と判断した。

【検察官八田健一、弁護人(私選)矢田次男及び小笠原寛各出席。求刑懲役一年六月及び罰金四〇〇〇万円】

(裁判長裁判官 山口雅髙 裁判官 瀬川卓男 裁判官 上岡哲生)

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